京都府知事選挙に思うこと
昨日開会した京都府議会2月定例会の冒頭で、山田啓二知事が4月に任期満了を迎える知事選挙に3選出馬の意向を表明されました。
公式の発言は極めて抑制的で、その後の記者会見も直接伺ったわけではないので断定的に申し上げることは避けたいのですが、この間、民主党の対応や選挙の枠組みなどをめぐって様々な報道が駆け巡っていたので、自分の考え方だけは、この際ここに明らかにしておきたいと思います。
私の基本的な立場は、民主党ということにつきます。
民主党の掲げてきた消費者・生活者・納税者の視点、利益誘導からの脱却と政策本位の政治の確立、オープンで公正な社会の構築、それらを導くための自民党に代わりうる国民政党づくり。こうした思いを持ち続けながら、私は民主党結党当初から戦い続けてきました。念願の政権交代を果たした今だからこそ、そうした原点に立ち返りつつ、その思いを形にする努力が民主党に、そして私自身にもいっそう求められていると強く感じています。
だからこそ、私は思います。
よく耳にする「中央の政治の対立軸と、地方のそれは違う」というのは、詭弁にしか聞こえません。
国民に問うべき、国の方向性や政治の基本的な立ち位置の違いから政党があります。国民生活とこの国の将来のために、相手の立場や主張に敬意を払いながらも国民の選択を得るため選挙で戦い、その負託に応えるため議会で勝負する。そこに、国と地方の別などありません。それが政党政治の基本原則です。
もし、既存政党とは違う結集軸があるというなら、ローカル・パーティをつくり選挙で住民の信を問えばいい。それに共鳴する人は、所属する政党を離れ、自らの立ち位置を明確に示し選挙を戦えばいい。例えば、お隣の橋本知事のように。
そんなことはさておいたまま、とりあえずの枠組みありきで「地方の論理」を持ち出すのはまったくのご都合主義ではないでしょうか。そうした「利益誘導共同体」的な思考や行動は、政権交代が現実のものとなった今では、もはや脱ぎ去るべき旧態に過ぎません。
私は、民主党の追い求めてきたものを、すなわち私自身が追いかけ続けてきたものを、京都府政の最前線で具体的に取り組んでいただける人を応援したいと願っています。それが、これまで緊張感ある信頼関係を築き、私たちの会派が取り組んできたマニフェスト・サイクルや事業仕分けに全面的に協力していただいた山田知事であって欲しいとも思っています。
しかしながら、先に示したことを置きっ放しのままで、両手を挙げてというわけにはいきません。
「今期での引退を表明している人間が、何を言ってるんだ」と揶揄する声も、聞こえてこないわけではありません。
それでも、いや、だからこそ、私には妥協できない一線があります。決して譲ることのできない思いがあります。
その上で、相乗りありきの出来レースとならないことを心から祈っています。
